最上級な幸福と形容し難い孤独感〜最愛の孫娘が小学校を卒業しました

心のつぶやき

早いもので誕生してから約12年が経過。この度、孫娘が中学生に進学する。

これまでの彼女との楽しい体験は、私にとってはかけがいのない宝物となった。

ありきたりの言葉では語り尽くせない

一言でいえば「時の経つのは早いな」といったところだろうか。

しかし、ありきたりの言葉では語り尽くせないほど、彼女とはとても充実した時間を過ごすことができた。

約12年前、娘が待望の孫娘を出産。

私は恐る恐る抱きかかえて病室を後にし、医院の敷地内にある桜の前で皆で記念写真を撮ったのが、つい昨日のことのように思い出される。

その当時の彼女の印象はというと、顔はお猿さんのように赤く、手足はマシュマロのように白くてぷにぷにと柔らかい。

身に纏う真っ白な肌着は清潔感に満ち溢れ、私のようのな汚れたおじさんが触れるにはあまりにも神々しすぎる。

手厚く守られた病室から、人の思い渦巻く世の中へ、まっさらなこの子を連れ出すのがあまりにも忍びなかった。

目に入れても痛くないは本当だった

「初孫は目に入れても痛くない」とはよく耳にするが、まさしく当時の私にもこの言葉が当てはまる。

退院したての頃、私たち夫婦が援助するため、娘たちは我が家で約ひと月過ごしていた。

そのため、仕事を終えて帰宅すればいつでも可愛い孫娘の顔が見られ、休日には楽しい時間を共に過ごすことができたのは、私の人生の中でも指折りに幸せなひと時だ。

1ヶ月ほどして彼女たちがここを去る際には、もう2度と会えないのかと思われるほど絶望的な悲しみに襲われた。決して大袈裟ではない。

その後は、近くの公園で一緒に滑り台を滑ったり、車で動物園に出かけてたり、一緒にショッピングモールのフードコートで食事をしたりして楽しい時間を過ごすことができた。

今では、その当時スマホで撮影した何百枚もの写真を眺めては、思い出に浸りきってしまうから始末に追えない。

まさしく、目に入れても痛くないとはこのことだと実感させられる。

いっぱいの思い出をありがとう

そんな孫娘も4月からは中学生。よくぞここまで立派になれたと感慨深い。

背丈は限りなく母親に近づき、話す言葉や日頃の仕草は徐々に大人へと成長していく。

時に難しい質問を投げかけられ、私などは狼狽させられることも少なくない。

私はといえば、顔にはシワやシミが増え、頭に多くの白い者が混じり始めて老いていく一方だ。

それでも、この私のことを慕ってくれるのだからありがたい。

成長する過程においては、かけがえのない思い出を数多くプレゼントされたから彼女には感謝しかない。

中学に通うようになれば、これまでとは異なり、私との距離は格段に広がってゆくだろう。

一緒に過ごせる時間は少なくなるだろうが、これからも陰ながら見守っていきたい。

そして、いつか私がこの世を去る時には「これまでいっぱいの思い出をありがとう」と心から伝えたい。

けれど、そう簡単にはくたばらないから、ずっと先のことになりそうだけれどね、

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